有松鳴海絞りの伝統柄 〜手筋絞り
手筋絞りは、有松鳴海絞の代表的な技法のひとつ。蜘蛛絞り、三浦絞りに次いで古くから伝わる絞り方だと言われています。先に紹介した久福筋のオリジナルバージョンですね。

昔は藁の紐、今はビニールの太い紐を芯にして、反物を端から縦方向に折り畳んでゆき、木綿の糸でぐるぐるまきつけて固定します。絞り終わった状態はまるで太いロープのよう。これを染めると、少しよろけた縦筋の模様ができあがります。
なんとも粋で、きりりとした印象。男性が夏の浴衣にするのにぴったりです。

この手筋絞り。10数メートルの反物をだいたい15センチくらいづつ、端から順々に絞り進めていくわけです。
一番右の写真は絞り終わった10数メートルの端っこ。
右は端の生地が斜めになっています。これはまだ修行中の方が絞ったもの。
左は端がびしっと揃っていますよね。これが熟練の方が絞ったものです。
手の力の掛け具合で、どうしても均一にはいかないのですが、熟練の人が絞ると、こんなふうに最初から最後まできっちり均一になるのだそうです。いやいや、すごい!

手筋絞り
2006.12.11|12:50有松鳴海絞りのことcomments(0)trackbacks(0)
久福筋、30数年の眠りから覚めた福蔵さんの有松鳴海絞り
今、有松鳴海で製作可能な絞りの技法は約80種類と言われています。
80の技法の背後には、残念ながらその技術を持つ人がいなくなってしまったものや、何らかの理由で400年の歴史の中に埋もれていったものが数多く存在しています。

鳴海で絞り業を営む久野さんの家に「久福筋」と呼ばれる絞りがありました。これは先代の久野福蔵さんが考案した絞りの技法。名前の頭文字がそのまま絞りの名前です。
明治30年生まれの福蔵さん、この地に古くから伝わる「手筋絞り」をなんとかもう少し楽に、そして上手く出来ないかと日々苦心した末、大正12年に筋絞りを作る機械を完成させました。

久福筋と呼ばれ、沢山の反物を生み出し、勲章も授かったこの機械ですが、時代の流れの中で次第に使われなくなってゆき、ここ30年は仕事場の隅に置かれたままになっていました。

もしかしたら無くなってしまう運命だったかも知れないこの久福筋が、今回のプロジェクトでよみがえり、動き始めます。

久福筋

30年ぶりにこの機械をあやつるのは、久野幸彦さんと真桜さん。福蔵さんの息子と孫に当たります。何しろ30年間動かしていていなかったこの機械。使い方を覚えている人は殆どいません。しかし、数年前に亡くなった母親と、小学生だった真桜さんが、昔一緒に久福筋を作ったかすかな思い出を頼りに、今父親の幸彦さんと共に再び動かし始めているのです。

佐藤文絵

*12/11追記
久福筋の手ぬぐいの販売が始まりました!

2006.11.21|09:58有松鳴海絞りのことcomments(0)trackbacks(0)
有松鳴海絞りの伝統柄 〜豆絞り
雪花絞りに次いで紹介したいのは、SOU・SOUですでにお馴染みの「豆絞り」。
豆絞りという言葉は誰もが知っていると思います。お祭りや台所の必需品、手ぬぐいの代名詞のようなものですよね。
だけどそれは整然と並ぶ水玉の型染めがしてあるもので“絞り”の技術はどこにも使っていません。

有松の張正で作っている豆絞りは、昔からの技術をちゃんと使った本物の豆絞り。
江戸時代からある豆絞りの手ぬぐいは一時その技術と共に製造が途絶えていたのですが、昭和30年、張正の鵜飼さん親子が江戸の浮世絵を参考にしながら、試行錯誤の末に復活させたのです。

これもまた雪花と同じように、板締めの技法を使って染められたもの。
少しいびつな青色の「豆」は、布地にじんわり浸み込んでなんとも味わいぶかい風合いを持っています。

右の写真は豆絞りの作り方を応用し、試作を重ねているという浴衣地。
同じ技法を使って、こんなに印象の違うものが出来上がるのですね。

豆絞り

ところで、板締めでどうやって豆絞りの「豆」の柄が染められるのか、わかりますか?
百聞は一見に如かず。どうぞビデオでみてみてください。



⇒豆絞り手ぬぐい・風呂敷販売ページ(SOU・SOU)
⇒豆絞りのコラム(SOU・SOU)
2006.11.17|23:40有松鳴海絞りのことcomments(1)trackbacks(0)
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